“BY THE PEOPLE , OF THE PEOPLE , FOR THE PEOPLE.” を研究する
 
谷口文朗(帝京科学大学名誉教授) 研究室の場所 〒409-0114 山梨県上野原市鶴島2375-1 TEL 090-1803-6707 メール

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上野原田園都市地域のQuality of Life 向上のための2件の野外調査と2件の構改革特区の提案 
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■5.構造改革特区提案
  
その1  地域通貨で支払う自家用車乗り合い・乗せ合いの提案
5−1  地域通貨で決済される自家用車による輸送サービスの提供
5−2  商店街発行のスタンプを介して法貨である円との交換が可能な地域通貨の創設


 5.構造改革特区提案−その1:地域通貨で支払う自家用車乗り合い・乗せ合いの提案

 筆者は1979年9月、国際政治・経済・技術動向を調査研究し、本社に報告するために、当時勤務していた東レ株式会社から「未来学者」ハーマンカーンがリーダーシップを発揮していたハドソン研究所に特命留学した。出発前にハドソン研究所から「プライベートトランスポーテーション(private transportation)についてのポリシーはどうなっているか」というテレックスが届いた。「プライベートトランスポーテーション」という言葉がすぐに理解できなかったのだが、これまでの日本での生活で日常生活の足はすべてパブリックトランスポーテーション(public transportation)で事足りていたからである。ハドソン研究所はニューヨークのグランドセントラルステーションからハドソンハーレムラインで1時間北へ乗ったところ、日本で言えばさしあたり避暑地の別荘地帯といった風景が展開しているところなのだが、赴任したその日からプライベートトランスポーテーションという言葉の意味を思い知るところとなった。地域で生活して行く上で利用可能なパブリックトランスポーテーションはスクールバスだけであり、買い物にせよ鉄道の駅に出るにせよ頼りにできるパブリックトランスポーテーションはなく、車で5分の距離を歩こうにも道に歩道はなく、危険なことこの上なかったのである。プライベートトランスポーテーションのないアメリカ生活は「禁固刑を受けたも同然の生活」であった。

JR上野原駅から21キロ離れた一番遠い西原(さいはら)までのバスが開通したのは30年ほど前とされる。当時西原から上野原中心市街地までのバス運賃は360円見当であった。現在は小刻みな距離比例運賃体系のゆえに860〜940円となっている。この当時、上野原から新宿までのJR運賃は520円、現在は1110円である。30年間の運賃の上昇率はバスが2.5倍、JRが2.1倍である。このデータは上野原の中心市街地から運賃で計測すると西原が新宿より遠くなっていることを物語っていると考えられる。過疎化によって乗客が減少し、乗客が減少するから赤字が増加し、運賃の値上げと便数の減少が生じ、その結果過疎化が一段と進むという悪循環が続いているのである。その上に少子化・高齢化の波が平均以上のスピードで押し寄せているのが上野原の現状である。こうしてこの地域では小中学校児童の減少による学校統廃合が避けて通れない現実となり、西原から中心市街地のはずれにある県立高校に通学するために同じ市内にもかかわらず下宿しなければ通学できないという事態さえ起こっている。遠隔地の「陸の孤島化と地域社会の崩壊」を食い止めることは地域社会にとって最大のチャレンジである。上野原に勤務するようになって筆者の意識に常に去来したのは、中心市街地は別として、「自家用車を持たない人々は禁固刑を受けたに等しいという意味で、上野原の山間地の集落をアメリカ化してはならない」ということであった。

この上野原でタクシーを利用すると東京で670円区間の感覚で乗ってもすぐにメーターが1000円を超えてしまう状況で、高齢の年金生活者には到底負担できない金額である。過疎地の割高運賃が適用されているためと思われる。この現状の中で高齢者が隣近所の知り合いに病院まで自家用車で送って欲しいとお願いして、送ってもらってお礼に円を支払うと現在の法律では「白タク行為」として検挙される。ならば「地域を元気にする仕組みのひとつとして注目され、NHKのテレビ番組で繰り返し取り上げられた地域通貨で支払うとどうなるのか」、筆者はこの考え方は小泉内閣の構造改革特区提案に値すると考えた。

地域通貨は経済学を学んで企業でエコノミストとして仕事を続けてきた中では出会ったことのない言葉であった。そこで筆者は国道20号線の通行車輌の調査やJR上野原駅の利用実態調査と同様、地域通貨を研究室の卒業研究テーマに掲げ、研究に取り組む学生諸君に参加を求めたのだが、平成14年度に4名の学生諸君が研究に取り組んだ13)。以下はそのエッセンスである。

地域通貨は1930年代の世界不況の時に、デフレによって政府が発行する通貨(法貨)の機能が麻痺して経済が停滞し、オーストリアのヴェルグルという町で人々の間でニーズがあるにもかかわらず33%もの人々が失業している現状を打開するために、町長が労働証明書を発行し、これを地域通貨として利用することによって地域経済を立て直したのが最初である。この試みは不況克服という立派な成果を挙げたにもかかわらず、通貨の発行は政府の専管事項であることを理由に廃止され、町は再び失業率30%の町に戻って行ったとされるのだが、1990年代に地域経済活性化の手法として再評価され、アメリカニューヨーク州のイサカという町で「アワー」(hour)という呼称の地域通貨が発行され、注目された。わが国でも2000年2月に北海道栗山町で「クリン」が導入され、NHKテレビで紹介されるなど、徐々に広がりを見せ、現在800を超える地域通貨が発行されている。地域通貨を積極的に提唱された特定非営利法人エコミュニティー ネットワーク 代表理事 加藤敏春氏によれば、1990年代の後半から地域通貨はボランティアによる先行試行段階から行政と提携した第2の発展期を迎えているとされている14)。

地域通貨の機能は、貨幣の機能とされている@価値の尺度、A交換手段、B貯蓄(価値の保蔵)の3つの機能のうち「貯蓄機能についてはマイナスの金利という考え方によってその機能が剥奪されている通貨」である。これはオーストリアで行われた労働証明書の有効期間が1ヵ月とされ、翌月に使用する場合は1シリング切手を貼付しなければならないとされたことに由来している。この機能は「有効期限内に通貨を使用しなければ損をする」といういわば「悪貨が良貨を駆逐する」というグレシャムの法則を地で行くような意味合いを持ったが、経済の極端な沈滞を打開するカンフル注射としての役割を発揮したと評価することができる。

価値の尺度という機能についても地域通貨は一般の通貨とは機能に相違がある。それは提供されるグッズとサービスについてあらかじめ定価を示すことが必ずしも必要ではなく、グッズとサービスの授受に際してその「価格が当事者の相対で決定される」という点である。このことはグッズとサービスの受け手の支払い能力が低い場合にその支払能力に応じた価格が成立することを意味している。

以上の2点を評価すると、地域通貨は通貨の3つの機能のうち交換手段がとくに大きな役割を持つ通貨ということができるのだが、その基本的枠組みは@地域通貨は特定の人々の間でだけ通用する通貨である、A地域通貨の決済は紙幣または預金通帳の上で行われる、Bグッズとサービスの需給の出合いは実際のマーケットで行われる場合と掲示板や電話やインターネットのホームページなどで行われるということである。

これまで地域通貨について多くの事柄が書かれ、語られてきたが、筆者はNHK テレビで伝えられた「地域通貨は今にはじまったことではない。昔から行われてきた手間貸しそのものだ」という北海道栗山町の一老婆の一言が地域通貨の本質をずばり表現していると考えている。

 筆者は地域通貨をこのような立場でとらえて、上野原の中心市街地の商店街の『大ケヤキシールスタンプ』と連動させる形で「地域通貨で支払う自家用車乗り合い・乗せ合いプログラム」と題して2005年秋に行われた小泉内閣構造改革特区推進のためのもみじキャラバンにおいて次のような特区提案を行なった。

 以下は構造改革特区提案のフォーマットに記した提案内容である。本件特区提案は2つの部分から構成されている。第1は「地域通貨で決済される『自家用車による輸送サービスの提供』」であり、第2は「商店街が発行してきた大ケヤキシールスタンプを介して法貨である『円との交換が可能な地域通貨の創設』である(巻末に本件提案の別紙として添付した背景説明資料を掲出した)。

 

  5−1 地域通貨で決済される自家用車による輸送サービスの提供

具体的事業を実現するために必要な規制の特例事項(事項名):上野原地域通貨「ウエノハラ エコノ エコロ マネー」(UEM)参加者によって結成されるドライバーズギルドの メンバーの自家用車を使用し、事前予約している地域通貨参加者を対象とし、地域通貨によって決済される輸送サービスの提供

規制の特例事項の内容:道路運送事業法によって規制されている自家用車による有料輸送サービス提供を、河岸段丘特有の山間地形の上野原市において、次の3条件の下で撤廃する。@UEMの運営に当たるNPOが、地域の道路事情に精通し、十分な運転経験と本件への理解と熱意を持つUEMメンバーでドライバーズギルドを組織する、Aサービスの受け手はUEMに参加し、そのネットワークを通じて事前予約する、B対価は法定通貨で計算された「割り勘ベースのガソリン代などの実費+10%相当額」を超えない範囲で当事者間でUEMで決済する

具体的事業の実施内容:法定通貨の下で形成されているビジネスライクな人間関係では掬いきれない『小さな善意』を授受する地域通貨のネットワーク機能を通して、輸送サービスの提供者は提供可能なサービスのTPOをネットワークにインプットし、輸送サービスの受益者は提供されているサービスと自分の都合を合わせて予約する。例えば、Aさんが市役所へ出かけるTPOをネットワークにインプットすると、市民病院へ行きたいが交通手段を持たない年配のBさんが自分のTPOを調整して予約、便乗する、その場合BさんはAさんに対して割り勘でUEMで対価を支払う。Cさんの特別の要望に応じる場合、Aさんは「実費+10%相当額のUEMをCさんから受け取る。

提案理由・代替措置の内容:上野原市の道路は河岸段丘特有の山間地のために坂の上り下りと急なカーブが多い。国道20号線は常に輻輳する一方、山間地の集落に向かう路線バスは採算が取れないとして廃止の意向が示されている。タクシーは4社で20台弱が稼動しているが、過疎地料金で割高である。河岸段丘ゆえの高低差は事態をさらに悪化させている。桂川沿いの道路とJR上野原駅の標高差は20メートルで、4〜5階のビルと同じである。このJR上野原駅と上野原の中心街との標高差は120メートルで、20〜25階の高層ビルに匹敵する。この高低差の中で徒歩や自転車で日常の用を足すことは困難である。私的な交通手段を持たない高齢者や子育て途上の母親にとって通院・通園・通学など日常生活の障害は実に大きい。地域に固有の条件を克服しようとする本件特区申請は地域に押し寄せている少子化・高齢化問題への対応と地域活性化のために欠かすことのできない要件である。

 

 5−2 商店街発行のスタンプを介して法貨である円との交換が可能な地域通貨の創設

具体的事業を実現するために必要な規制の特例事項(事項名):地域通貨(上野原エコノ エコロ マネー:UEM)に対する円兌換可能性の付与と行政が授受するサービスに対する地域通貨による決済

規制の特例事項の内容:現行法で禁止されている地域通貨の法貨への兌換規制を次の2条件の下で撤廃する。@上野原市商工会によって1960年代から実施されている大ケヤキシールスタンプの換金制度を経由する、A上野原市が授受するサービスに対する支払手段として活用する

具体的事業の実施内容:商工会代表・行政代表・UEM利用者代表・大学代表で構成されるNPOを設立し、メンバー登録費と賛助金を準備資産として「ウエノハラ エコロ エコノマネー」(UEM)を発行し、次の2点に使用する。@登録メンバー相互間で「相対で合意されたUEM表示価格」によって行われるグッズとサービスの取引、A上野原市が地区ごとに設けている憩いのサロンなどで行われるベビーシッティング、小学生の登下校の際の安全パトロールなどボランティアによって行政に提供されるサービスおよび住民票の発行や市営温泉など行政が提供するサービスに対する支払い(詳細は別紙1に記述)

提案理由・代替措置の内容:ここに提案するUEMは「入会金と賛助金を準備資産として発行される上に、商店街クーポン券を経由した円兌換と上野原市が授受するサービスへの支払いによってその価値が担保される」ので、北海道栗山町ほかで発行されてきたボランティアベースの地域通貨が内包している「通貨機能の喪失」のリスクがなく、地域通貨本来の機能、すなわち、「法定通貨の下で形成されているビジネスライクな人間関係では掬いきれない『小さな善意』を支えとした少子化・高齢化問題への対応と地域活性化・安心安全な生活環境創出のエネルギーを持続的に生み出すことが期待できる。本件は教育と遵法精神を両立させなければならない大学が参加する関係で踏み込んだ特区の認定を得たいと考えている(詳細は別紙1に記述)


本件特区提案と内閣府からの連絡は次の通りである。


提出日・提出先: 平成17年11月28日・内閣府構造改革推進室
  内閣府回答日: 平成17年12月9日  
  案件番号・回答内容: 財務省0730120 D(現行法規によって実施可能)  
    国土交通省1230580 D(現行法規によって実施可能)  
       
       

 筆者の提案は特区としては認定されなかったが、現行法規のもとで実行可能という評価であった。

 特区制度の下で提案した内容がわずか1ヵ月の間に「現行法規のもとで実行可能」という回答を本省から得ることができたのは画期的であった。筆者にとって特区提案は初めての経験であったが、地域のQOL向上のためのこのような方策を立案し、関係省庁の地方の出先機関や県庁に趣旨を申し出てアポイントメントを取り付け、オフィスに出向いて趣旨を説明して質疑応答を行うところまではたどり着いても、本省に取り次いでもらうことができたかどうか定かではない。本省に取り次いでもらうことができた場合でもおそらく前例がないことを理由に提案が却下されることになったであろうと思っている。

 また、たとえ筆者が構造改革特区制度とは別に同じ提案を財務省や国土交通省の地方の出先機関に行なって、本省に取り次いでもらって、現行法規のもとで実行可能という評価を得ることができたとしても、それまでに3年あるいはそれ以上の時間を要したであろうというのが筆者の率直な生活実感である。その意味で筆者は構造改革特区制度は「現行の法体系の不備を、別に定められた法の力によって、力ずくで変革する」という意味で革命的でさえあると思っている。