|
5.構造改革特区提案−その1:地域通貨で支払う自家用車乗り合い・乗せ合いの提案
筆者は1979年9月、国際政治・経済・技術動向を調査研究し、本社に報告するために、当時勤務していた東レ株式会社から「未来学者」ハーマンカーンがリーダーシップを発揮していたハドソン研究所に特命留学した。出発前にハドソン研究所から「プライベートトランスポーテーション(private
transportation)についてのポリシーはどうなっているか」というテレックスが届いた。「プライベートトランスポーテーション」という言葉がすぐに理解できなかったのだが、これまでの日本での生活で日常生活の足はすべてパブリックトランスポーテーション(public
transportation)で事足りていたからである。ハドソン研究所はニューヨークのグランドセントラルステーションからハドソンハーレムラインで1時間北へ乗ったところ、日本で言えばさしあたり避暑地の別荘地帯といった風景が展開しているところなのだが、赴任したその日からプライベートトランスポーテーションという言葉の意味を思い知るところとなった。地域で生活して行く上で利用可能なパブリックトランスポーテーションはスクールバスだけであり、買い物にせよ鉄道の駅に出るにせよ頼りにできるパブリックトランスポーテーションはなく、車で5分の距離を歩こうにも道に歩道はなく、危険なことこの上なかったのである。プライベートトランスポーテーションのないアメリカ生活は「禁固刑を受けたも同然の生活」であった。
JR上野原駅から21キロ離れた一番遠い西原(さいはら)までのバスが開通したのは30年ほど前とされる。当時西原から上野原中心市街地までのバス運賃は360円見当であった。現在は小刻みな距離比例運賃体系のゆえに860〜940円となっている。この当時、上野原から新宿までのJR運賃は520円、現在は1110円である。30年間の運賃の上昇率はバスが2.5倍、JRが2.1倍である。このデータは上野原の中心市街地から運賃で計測すると西原が新宿より遠くなっていることを物語っていると考えられる。過疎化によって乗客が減少し、乗客が減少するから赤字が増加し、運賃の値上げと便数の減少が生じ、その結果過疎化が一段と進むという悪循環が続いているのである。その上に少子化・高齢化の波が平均以上のスピードで押し寄せているのが上野原の現状である。こうしてこの地域では小中学校児童の減少による学校統廃合が避けて通れない現実となり、西原から中心市街地のはずれにある県立高校に通学するために同じ市内にもかかわらず下宿しなければ通学できないという事態さえ起こっている。遠隔地の「陸の孤島化と地域社会の崩壊」を食い止めることは地域社会にとって最大のチャレンジである。上野原に勤務するようになって筆者の意識に常に去来したのは、中心市街地は別として、「自家用車を持たない人々は禁固刑を受けたに等しいという意味で、上野原の山間地の集落をアメリカ化してはならない」ということであった。
この上野原でタクシーを利用すると東京で670円区間の感覚で乗ってもすぐにメーターが1000円を超えてしまう状況で、高齢の年金生活者には到底負担できない金額である。過疎地の割高運賃が適用されているためと思われる。この現状の中で高齢者が隣近所の知り合いに病院まで自家用車で送って欲しいとお願いして、送ってもらってお礼に円を支払うと現在の法律では「白タク行為」として検挙される。ならば「地域を元気にする仕組みのひとつとして注目され、NHKのテレビ番組で繰り返し取り上げられた地域通貨で支払うとどうなるのか」、筆者はこの考え方は小泉内閣の構造改革特区提案に値すると考えた。
地域通貨は経済学を学んで企業でエコノミストとして仕事を続けてきた中では出会ったことのない言葉であった。そこで筆者は国道20号線の通行車輌の調査やJR上野原駅の利用実態調査と同様、地域通貨を研究室の卒業研究テーマに掲げ、研究に取り組む学生諸君に参加を求めたのだが、平成14年度に4名の学生諸君が研究に取り組んだ13)。以下はそのエッセンスである。
地域通貨は1930年代の世界不況の時に、デフレによって政府が発行する通貨(法貨)の機能が麻痺して経済が停滞し、オーストリアのヴェルグルという町で人々の間でニーズがあるにもかかわらず33%もの人々が失業している現状を打開するために、町長が労働証明書を発行し、これを地域通貨として利用することによって地域経済を立て直したのが最初である。この試みは不況克服という立派な成果を挙げたにもかかわらず、通貨の発行は政府の専管事項であることを理由に廃止され、町は再び失業率30%の町に戻って行ったとされるのだが、1990年代に地域経済活性化の手法として再評価され、アメリカニューヨーク州のイサカという町で「アワー」(hour)という呼称の地域通貨が発行され、注目された。わが国でも2000年2月に北海道栗山町で「クリン」が導入され、NHKテレビで紹介されるなど、徐々に広がりを見せ、現在800を超える地域通貨が発行されている。地域通貨を積極的に提唱された特定非営利法人エコミュニティー
ネットワーク 代表理事 加藤敏春氏によれば、1990年代の後半から地域通貨はボランティアによる先行試行段階から行政と提携した第2の発展期を迎えているとされている14)。
地域通貨の機能は、貨幣の機能とされている@価値の尺度、A交換手段、B貯蓄(価値の保蔵)の3つの機能のうち「貯蓄機能についてはマイナスの金利という考え方によってその機能が剥奪されている通貨」である。これはオーストリアで行われた労働証明書の有効期間が1ヵ月とされ、翌月に使用する場合は1シリング切手を貼付しなければならないとされたことに由来している。この機能は「有効期限内に通貨を使用しなければ損をする」といういわば「悪貨が良貨を駆逐する」というグレシャムの法則を地で行くような意味合いを持ったが、経済の極端な沈滞を打開するカンフル注射としての役割を発揮したと評価することができる。
価値の尺度という機能についても地域通貨は一般の通貨とは機能に相違がある。それは提供されるグッズとサービスについてあらかじめ定価を示すことが必ずしも必要ではなく、グッズとサービスの授受に際してその「価格が当事者の相対で決定される」という点である。このことはグッズとサービスの受け手の支払い能力が低い場合にその支払能力に応じた価格が成立することを意味している。
以上の2点を評価すると、地域通貨は通貨の3つの機能のうち交換手段がとくに大きな役割を持つ通貨ということができるのだが、その基本的枠組みは@地域通貨は特定の人々の間でだけ通用する通貨である、A地域通貨の決済は紙幣または預金通帳の上で行われる、Bグッズとサービスの需給の出合いは実際のマーケットで行われる場合と掲示板や電話やインターネットのホームページなどで行われるということである。
これまで地域通貨について多くの事柄が書かれ、語られてきたが、筆者はNHK テレビで伝えられた「地域通貨は今にはじまったことではない。昔から行われてきた手間貸しそのものだ」という北海道栗山町の一老婆の一言が地域通貨の本質をずばり表現していると考えている。
筆者は地域通貨をこのような立場でとらえて、上野原の中心市街地の商店街の『大ケヤキシールスタンプ』と連動させる形で「地域通貨で支払う自家用車乗り合い・乗せ合いプログラム」と題して2005年秋に行われた小泉内閣構造改革特区推進のためのもみじキャラバンにおいて次のような特区提案を行なった。
以下は構造改革特区提案のフォーマットに記した提案内容である。本件特区提案は2つの部分から構成されている。第1は「地域通貨で決済される『自家用車による輸送サービスの提供』」であり、第2は「商店街が発行してきた大ケヤキシールスタンプを介して法貨である『円との交換が可能な地域通貨の創設』である(巻末に本件提案の別紙として添付した背景説明資料を掲出した)。
|